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2005/10/07

英語との闘い(最終ラウンド)

いよいよ、今回で「英語との闘い」シリーズは終了します。とはいえ、「闘い」が終結したわけではなく、お恥ずかしい話、現在進行形で闘いは続いています。
ここでの「終了」とは、とりあえず米国ロースクールへ出願するために必要なTOEFLのスコアと社費留学を果たすべく必要なTOEIC、TOEFLのスコアを獲得するための英語との闘いが終了したという意味でご理解をいただければと思います。

さあ、御託はこの程度にして、本編に入りましょう。

前回の最後に触れた「事件」とは…?
社内選抜の本番となる試験に際して、TOEFLで自己最高の573点を獲得した受験会場を、縁起を担ぐためにも選択しました。
実は、この会場、地元駅からバス一本で行けるところにあり、しかも極めて新設と言えるほどの最新設備が整っている学校でした。「設備が整っている」というのは、意外にも重要な意味を持っていると経験則上感じていました。つまり、受験当初はいわゆる200人以上入る大教室での受験を経験したのですが、音がこもるんですね。リスニングのときに非常に気になるわけです。「よく聞き取れない…」と。今、考えてみると単なるリスニング力不足だったんでしょうが、それをひたすら音響設備のせいにしていました。それ以来、受験地選びに際しては、なるべく新設の学校を選んだものです。
そして、この問題の学校ですが、予想どおり音響設備も良好で、自己最高点をゲットすることができたこともあり、相性の良さを感じていた訳です。

試験当日、爽やかな初夏の陽射しを感じながら机に着きました。なんと廊下側の一番端の先頭!テープレコーダーには近いし、グッドなポジションです。「幸先良いねぇ。」なんて思っているうちに、試験開始。573点を取得してから本番直前まで550点をクリアすることがなかったにもかかわらず、かなりリラックスした状態で試験に臨めていました。いや、臨める筈だったんです…。英語での試験の説明が終わり、例題も終わり、いよいよ試験突入です。そして、ほんの数問終わったところで、突然「事件」が起こったのです。

な、なんと学校のベルが鳴り出し、それとともに隣の(正確には少し離れていたかもしれませんが)教室で授業を受けていたと思われるその学校の在校生の大きな話し声が響きわたるではありませんか!慌てて、試験官が廊下に出て静粛を求めますが、容易に収まりません。管理人の集中力は「ぷっつん」と切れてしまいました。ようやく静かになったのは、確か20問目程度だったと思います。必死に自分を静めようと、集中を高めようと、努力しましたが、もう滅茶苦茶だったと思います。とにかく、終了直後に試験官に抗議を行いました。
こんな大事件だったにもかかわらず、当時の様子をあまり覚えていないんですよね。確か相当な勢いで抗議したと思います。試験官は「本部に報告する。」とは言ったものの、それ以上のコメントは無し。まあ、現場の試験官という立場からそれ以上はコミットできないですよね。
しかし、この大事な本番でこんなコトが起きるなんて。何でよりによって今日なのよ?「神様は私を見放したに違いない。」 だって、今までの過程、ここに至るまでの長い道のりをお知りになった読者の皆さんでもそう思うでしょう? もうやり切れないですよ、ホントに。

でも、「何が何でもロースクールに行くんだ」という毎度の苦境に陥ったときには必ず湧き上がってくる、このファイティング・スピリッツが、今回も沸々と滾ってきました。翌日(さすがにその当日はダウンしていました)、ETSにコンタクトを取り事情を説明しました(メールだったか、電話だったかは失念)。会場の管理監督責任と個人的な事情(要するに、この試験が会社の選考試験を兼ねているという事実)を説明すると、担当者は「事情はわかった。こちらで事実関係を調査して対応を協議するが、まず米国の本部に報告する必要もあるので、英語による書面を提出せよ。」と答えました。
ある意味、「ダメもと」という気持ちでもあったので、この回答にはとても喜びました。門前払いじゃなかった訳ですから。

これは後日別の機会に触れることになるかと思いますが、アメリカって結構“ごね得”のような社会なんですよね。表現を変えると「ネゴ次第」。ある意味、いい加減なんですが、その反面、意外に融通が利いたりと。今回も将にそんな感じだったかもしれません。

資料を探してみたんですが、見つけることができませんでした。ただ、事実と自分の置かれている立場を説明したうえで、今回の事実関係を会社の人事部にレポートしてくれるように求めたと記憶しています。おそらく、550点をクリアできていないとの自覚から考えた作戦でした。このまま、550点未満のスコアが人事部に届いたら、不合格は目に見えていましたから。こういう状況下での受験だったということをアピールしたかったんだと思います。これも「ダメもと」で。とにかく、「留学できるのであれば、やれる事は何でもやる!」 そういう心境だったと思います。「なんで、それをその意気込みを英語の勉強で使わないのだ?」という疑問をお持ちになるでしょうが…。まあ、この程度のレベルの人間でして…。

何はともあれ、とりあえずの手を打ったということで、事実関係だけ人事部には報告しました。「ホントかよ?」という疑念を持たれたとは思いますが、「とにかくETSから連絡があったら報告するように。」との指示がありました。
さて、またここから「地獄」の数日間です。どのくらいで回答が来たか、ちょっと忘れましたが2週間程度だったと思います。そのレターがないので、うろ覚えの記憶を紐解きますと、「事実の確認が取れた。あなたの主張するような事実関係があり、管理上のミスであったことは認める。ただ、会社に対して何か通知を出すということはしない。その代わりに三つのオプションを与えるから、いずれかを選択してもらいたい。①今回の受験料を満額返還する ②将来の1回の試験を無料にて受験できるが、今回の試験結果は送付しない ③現行どおり、特段の措置を取らずスコアをそのまま受け取る」というものだったと記憶しています。
この通知を人事部にも報告し協議した結果、②を選択することとして、ETSにも通知をいたしました。人事部もこの通知を受けて「(管理人が)嘘八百を並べ立てていたのではない」と納得してくれたようでした。

あの「幻の試験結果」は実際どのくらいのスコアだったんでしょうか?
今でも時折思い出しては、スコアを知りたいような、知らないでイイような、複雑な気持ちにさせられます。因みに、本番試験後のスコアの推移ですが、550点(52-57-56)→543点(50-59-54)→543点(50-57-56)。とりあえず、無料分で、かつ、仕切り直しとなった社内選抜試験では550点をクリアすることができましたが、それ以降はまたこの体たらく…。550点をゲットしたときはホッとしましたが、何とその結果が出る前に「社内選抜合格!」という通知を人事部から貰っていたので、「嬉しさも中くらい」という感じでした。実は、その年の海外研修生の選抜試験には管理人しかアプライしていなかったとのことで、当初から余程のコトがない限り、管理人の今までの努力を買って合格させようという心算であったようです。結果的にみれば、これもある意味「塞翁が馬」と言えるかもしれませんね。

社内選抜試験を合格したことが油断になったのか、その後は543点が2回続くという情けなさ。管理人の根性の無さを示しているのかなと。「なんで600点を目指さない?」 「なんでもっと上を目指さない?」とお叱りを受けそうですが、その当時、管理人のレベルとしては限界だったのかもしれません。
結局、この8月の543点でTOEFLの受験を打ち止めとしました。あとは、この573点で拾ってくれる学校を探すべし、という新たな展開に進むことになるわけです。

さて、次回からは「学校選びから出願まで」に焦点を絞ったお話を複数回に分けてさせていただくつもりです。ただ、その前にまた1週間ほど出張が入りますので、その間はまた「徒然草」紛いの駄文でご勘弁いただければと思います。
それでは良い連休を!

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