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2005/10/05

英語との闘い(第11ラウンド)

来週からの出張が確定しましたので、何とかそれまでには「英語の闘い」シリーズを完結させたいなぁと思っています。前回、思わず余談が長くなってしまいましたが、今回はメリハリの利いた文章を心掛けたいと思う次第です。

さて、自分のフィーリングに合った英語学校のもう一つが「千吉良クラス」だったとご紹介しました。残念ながら、現在は開講されていないようですが、当時のクラスは次のようなスタイルでした。

週1回のクラスでしたが、毎回過去問をつぶしていきます。開始と同時に一つのセクションだけですが、過去問を制限時間内で解きます。その後に小休憩が入り、その間に先生が採点をします。それを各生徒にコメントを付しながら返却し、解説に入ります。その後、セクション2(文法)の日に限り、最後に再び過去問の実戦テストを行います。
使用される材料は全て正真正銘の過去問ということでした。かなりの数量だったと思います。各セクションについて、実戦と中身の濃い解説を通じて、個人的にはかなり鍛えられたのではないかなぁと。タイミング的にも、それなりに基礎力がついてきて(ようやくかって感じですが…)、過去問を解きまくる頃合だったのかもしれません。
いずれにしても、その過去問では良い成績を修めるものですから(580点台から600点超まで)、こちらとしても通学するのが楽しくてたまりません。このクラスが楽しみだったと言っても過言ではなかったと思います。千吉良先生が授業の合間に話されるご自身の米国留学生活時代のお話も大変興味深いものであり、自分も早く留学したいと真剣に思ったものです。そうそう、忘れていけないのが、映画を使った勉強法にも言及されていました。先生ご自身、映画を題材にした英語クラスを持っていらしたと記憶しています。このお話を聞いて、例のB級映画(おっと失礼!)を利用した勉強法に繋がりました。

これらの学校に巡り合えたのは本当にラッキーでしたが、TOEFLのスコアは社内選抜試験を目前にしても一向に上昇傾向を示す気配がなく、事前に550点をクリアーすることなく本番を迎えることになってしまいました。ただ、致命的だったリスニングも上記のような過程を経て「何とか50はクリアーできるのでは?」という淡い期待(いや、確信に近いか?)を抱いていたのも事実でした。

いよいよ試験当日を迎えました。このときも前年同様、「ぎりぎり550点を超えたかな?」という程度のもの。その意味では何と言うか“達成感”、“充実感”を感じないものでした。まあ、えてして、そういう時のほうが良い結果を出しているってモノ、なんて無理やり自分自身を納得させていました。
ということで、まったくもってどんな結果になったのか、レポートが返ってくるまでは判らないという状況でした。そこから地獄の7週間が始まります(ちょっと大袈裟ですね。実際はレポート送付予定日1週間前あたりから「地獄」になります)。スコアは人事部に直送されることになっています。送付予定日頃になると毎日会社の郵便受け(各部署ごとに仕分けられている)を覗くのが日課となりました。

「あぁ、今日も未だ来ていない…。」そんな日が数日続いたある日、とうとう見慣れた封筒が数通、人事部用の仕分け箱に入っているのを確認しました。もう、ドキドキ感で一杯です。今までかつてないほどの心臓のバクバク感だったと思います。それからというもの、頭はスコアのことで一杯でした。そうこうするうちに、自席の電話が鳴りました。もう直感でわかりますよね、誰からの電話かって。そう、人事部の海外研修担当者からでした。「TOEFLのスコアが届きましたよ。えーと、スコアなんですが…」。思わず生唾をごくりと飲み込みます。早く、早く、焦らさずに、早く教えてください…。次の言葉を待つその時間、いったいどの位だったんでしょう?10秒?5秒?
で、電話口の向こうから聞こえてきた数字は、「517点(48-55-52)」。その瞬間、もう何がなんだかわからない…。いったい、どうすればいいのか…。あぁ、いったいどうなっているんだぁぁぁ…。このスコアではお話にならないじゃないですか。
目の前、真っ黒。何もかもが真っ黒。人生真っ黒。言葉も出てきません。喉は一気にカラカラ。次の瞬間、頭によぎったのが、これで新しい法務部長は三行半を下すに違いない。結婚も先送りだ。ああ、もう絶望だ…。
人事部でも管理人が英語不得意の中で英語を勉強してロースクール留学を目指しているということはよく認識してくれていました。何せ、前年しくじっていますし。担当者も同一人物ということもあり、この結果の原因について、いろいろとヒアリングをしてくださいました。「ここ数年とにかく英語の勉強に注力してきて、実際540点まで伸ばしてきている。だけど、本番になるとどういう訳だがスコアに反映されない…。」と。言い訳にも何にもなりませんが、とにかく合格したいがゆえの必死の抗弁です。「とにかく留学したい」、「これだけ努力している」という気持ちは認めていただいたとは思いますが、結果が全てです。

結局、この年も不合格となりました。両親を始め、ワイフ殿に、そして法務部長や第1号さんや第2号さんに、どんな顔して報告したらよいか…。本当に辛い1日でした。しばらくの間、放心状態が続いていたと思います(仕事はきちんとこなしていましたよ。いたと思います…)。正直、もうダメかと思いかけもしましたが、一度決めたことと思い直して、翌年再チャレンジすることで気持ちを切り替えました。これには法務部の上司、先輩方、そして家族やワイフ殿(当時は結婚前ですが)の暖かい支援、サポートによるものでした。再チャレンジを受け入れる環境作りをしてくれたお陰です。

再び、AREと千吉良クラスとの“二足の草鞋”生活が始まりました。社内選抜試験以降のスコアの推移は、523点(47-56-54)→537点(54-52-55)。ここで初めてセクション1(リスニング)で「54」をゲットすることができました。「映画学習」のお陰でしょうか?
更に、573点(53-60-59)!とうとう、550点を超えました!ようやく「春」が訪れたということ?このスコアを目にしたときは本当に嬉しかったですね。このスコアであれば、とりあえずアプライはできると思いましたから(その当時は、Univ. of California, BerkeleyCornell Univ. といったトップロースクールでも願書には「TOEFL 550点以上」と明記あり。その程度のスコアでは落ちる可能性が高いですが、足切りラインを突破した、出願する資格を得たという意味です)。同時に何で数ヶ月前にこのスコアが出なかったんだと恨みもしましたっけ(お門違いなんですがね)。

ただ、いずれにしても、どうしても越えることのできなかった「壁」を越えることはできたんです。入社してから6年目も半分以上過ぎていました。でも翌年こそは、との確信が持てるようになり、更なるスコアの上積みを目指すことになるのですが、ああ、またしてもとんでもない事件が起きるのです。この続きはまた次回のお楽しみに。
(今回もかなりのボリュームになってしまいましたね。ここまでお読みくださり、どうもありがとうございました。)

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