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2005/09/14

コーヒー・ブレイクでも…

ブログの更新、管理人の飽き性からして「三日坊主」が心配だったのですが、とりあえず三日はクリア。次は30日、そして3ヶ月と継続できれば安定するかなと思っています。

しかし毎日アップするのは大変ですね。管理人の場合、朝夕(夜か)の通勤中の電車の中でラフなドラフトを考えて、キーワードをメモするようにしています。それに加えて自宅にある当時のメモを探し出したり、アルバムや写真を引っ張り出して、記憶の喚起に努めています。ただ、充分に推敲がなされていないので、アップ後に追加や修正することもあります。「前に読んだ内容と違う!」なんていうこともあるかもしれませんが、予めご容赦ください。大きな変更ある場合は、その旨をお知らせしたいと思います。

さて、今回は「どうして管理人が“英語コンプレックス”を抱くようになったのか?」を徒然と書いてみたいと思います。コーヒー・ブレイクということで、ちょっと一休みしましょう。

英語との出会い、自分の意識の中でそう感じるのは小学校1年生のときでしょうか。その小学校ではネィティブの先生がいて小学校1年生の時から英語のクラスがありました。3年生くらいまでは英語を使ったお遊び程度だったと思います。あまり記憶がなくて…。唯一の記憶は、先生の香水がキツクて「とてつもなくクサーイ」ということ。今なら、なんとも芳しい香りと思うに違いないのですが(笑)。

小学校4年生からは日本人の先生が担当となり、グラマー、リスニング、ライティングの授業が始まりました。テストもあり「聞くテスト」「読むテスト」「書くテスト」がありましたが、基本的には全て暗記がベースになっていたかと思います。「聞くテスト」では、予め与えられた短文(20個程度)の中から無作為で10個を先生が読み上げ、それを書き取るというもの。「読むテスト」は、イソップ物語の短編を全文暗記して、前に出て暗唱するというもの。「書くテスト」は単語テストでした。この時代は英語嫌いということもなく、成績もそこそこで、昼休みに友達と先生の部屋に行き、外国のお話を聞いたりしていました。「英語コンプレックス」とは無縁だったと思います。卒業を控えて、その先生は「君たちに教えた英語はどこに行っても通用する。もし、それを否定されるようなことがあったら、先生に連絡してください。」と言って送り出してくれました。

当時、英語の勉強は中学校からスタートするのが通常でした(今もそうかな…)。しかし、何人かは管理人のように小学校で英語に触れていたり、学校とは別に英語教室に通っている中学生もいました。(管理人を含めて)このような先発隊は、中学校で初めて英語を学ぶ同級生が先生の後に続いて、大きな口を開けて「えー、びー、シィー、…」と発音するのを面白がったり、揶揄したりしていました。(思えば、こんなことをしたが故の天罰だったのかもしれません…英語で苦労したことは。)ある日、アルファベットの綴りをノートに書いて先生に見せることになったのですが、管理人が提出したノートに複数の訂正がなされていました。曰く「こんな文字はありません。間違いです。」と。100%自信をもって提出した管理人には非常なショックでした。本気で小学校の英語の先生の所に駆け込もうとしました。それを機に英語に対するモチベーションがどんどん低下していきました。「なんて些細なことで。」と思われますよね。今振り返ると、管理人自身もそう思いますので。それでも気を取り直して英語の授業に臨むのですが、テストの成績は一向に上がりません。当初は英語に自信満々だったにもかかわらず、「後発隊」にどんどん抜かれていきます。しまいには「もう、いいや。」という諦めの境地に達してしまいました。こうして中学3年間で一転して「英語は苦手」という意識を持つようになりました。

高校入試でも英語がネックになっていましたが、本番では信じられないくらいに好成績を出すことができたようで公立高校と私立の大学附属高校に合格することができました。進路選択には悩みました。簡単に言うと「女の子を取るか、将来の夢を取るか」です。思い出すと笑ってしまいますが、当時の本人にとっては真剣そのものでした。「女の子を取るか」は、中学校の同級生で仄かに好意を抱いていた女の子がその公立高校への進学を決めていたので一緒の学校に行きたい、ということ。「将来の夢を取るか」は、将来法曹(裁判官、検事、弁護士)になりたいと思っていたので、浪人せずに大学法学部に入り司法試験に早くパスしたい、ということ。両親や中学の先生、それに小学校の恩師にまで相談した結果、大学の附属高校への進学を決めました。「女を捨てて(彼女でも何でもないのに)、自分の夢を追うなんて、まるで高倉健みたいだぜ(所謂、仁侠映画で高倉健さんが演じる己を捨てて義理に尽くすような博徒)。」と一人自己陶酔したような記憶があります(笑)。

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